さみしさとは
さみしさというものはどうやら一つではないらしい。
「さみしい」を漢字では「寂しい」とも「淋しい」とも書く。「さびしい」とも言う。
また、人はどんなに楽天的な人間であれ、さみしさを自らの胸の内に抱いたことがあると思う。僕も抱いた。それを優しく包むようにして抱くこともあれば、潰してしまうくらいに強く抱くこともある。笑顔で接するときもあるし、泣いたり怒ったり妬んだり様々で。
誰もいない部屋を通り抜ける風がカーテンを揺らしている。
ここにさみしさがあるような感じがする。
子供たちが遊ぶ公園に錆びれた遊具が何年も佇んでいる。
ここにもさみしさがある。
家族をしらない男がまともな家族を目撃する。
ここにもさみしさがある。
宇宙と私、一つの人生。
ここにもさみしさがある。
疎外感、孤独、有限性と無限性。これらがさみしさに関連しえる鍵のように僕は思う。僕たちは絶対にさみしさからは逃れらない。さみしさは生と死の中間に存在していて、どんなときも僕らの隣で僕らを嘲笑おうとする。それは天からの罰なのだろうか。それともこれも生存政略の一種で、自然淘汰のうちに残ったもの?わからない。
柳宗悦はこんなことを言っている。
悲しさは共に悲しむものがある時、ぬくもりを覚える。悲しみことは温めることである。悲しみを慰めるものはまた悲しみの情ではなかったか。『南無阿弥陀仏』
さみしさと悲しさはちょっと違うけれど、さみしさも同じようにさみしさを抱くものこそがほかのさみしさを抱くものに寄り添えるのだと思う。だから、僕はみんなが抱いている様々のさみしさを大切にしてほしい。それは君がいつか出会うだろう大切な誰かのさみしさに寄り添うために必要だから。
アシタカは、
「ともに生きよう」
と言った。
これは強い。でも、この強さを後ろから支えているのはさみしさなのかもしれない。
試験疲れた。来週もあるけど…
先週から試験ばかりで忙しい日々が続いているんだけど、そんな忙しさの中に自分が本当に医学生なんだなと実感するときが度々ある。研修医になられた仲のいい先輩と話しているときにも、「あと4,5年で君もこうやって忙しくしてるんだよ」と言われ、嫌な話だなあと思いつつ、医者ってのになれば面白い体験ができるのかもしれないとも思う。
ずっと昔の子供の時から、僕は人と一緒であることが苦手でかつ嫌いだった(苦手と嫌いはなんか違うよね。対象に対しての距離感は似てるけど、態度が全然違っている)。とはいえ、一緒にいれば安心できるときもあるんだけど、ずっとはそうではいられないというか、一緒でいる自分に嫌気がさしてくる。例えば、アングラの音楽やアートみたいな文化が総じて好きなのもそんな自分の性格に起因しているのかもしれない。
僕が医学部を目指したのは、医学部といえばみんながやたら応援してくれて、僕のためにお金を出してくれるからだった。勉強ができないわけでもなかったから、生きるためのサバイバル術みたいな感じで医学部を選んだんだけど、それでも唯一ワクワクしているのは、医者だからできるフィールドワークだ。僕は人類学者の奥野先生みたいにフィリピンの山奥にフィールドワークをしたりすることはなかなかできない。でも、医者になれば、患者さんっていう他者と触れ合うことができるのかもって考えている。健常者と患者さんには差がないって言ったほうがウケはいいと思われるのだろうけど、やっぱり違うって考えてる。なぜなら、何かが動き出し、始まるのは、常に病的な何かによって押されるからであり、事実としてその何かが病気であることは多いからだ。
今日は医学部としての僕の考えてきなものを書いたけど、まとまらないし冗長になりそうだからここで終わりにします。足のケガがようやく完治しそうです。
最後に僕に医者としてフィールドワークできんじゃね?って考えさせるきっかけになった本を貼っておきます。ぜひ読んでください。
火は揺れて、語りは駆動する
先日ツイッターの相互さんと一緒に花火をした。昔から火を見るのは特別な感じがして、めちゃくちゃ好きだった。花火をするのも、見るのも、花火に関しては打ちあがる花火を見るよりも手持ちの花火をやるのがずっとすきなんだけど、他にもたとえば、真冬の午前二時に吸う煙草、流れ着いた木を砂浜で燃やして焚火をしたり、火に関するものは結構幅広く好きだったりする。
一時間ほど花火をしたけど、やっぱり花火はいいなあ。まじで楽しい。何本やってもワクワクがとまらねえ。火は何がいいって、ずっと不定なのがいいと僕は思う。火っていうとみんなだいたい同じイメージを想起すると思うけど、実際は火は揺れたり伸びたり、消えたり着いたりする。なんかカッコいい。
そのあと美味しいピザをご馳走して貰ったんだけど、そのとき話したことが僕の頭の中で回っている。ぐるぐる回っている。風車みたいに。相性がいい人と話すときには自分が勝手に喋る感じがする。僕はこういう状態のことを勝手に「駆動」と呼んだりしているんだけど、僕の大学の周りにはこういう人が少ないから楽しかったなあ。面倒だったら申し訳ねえなあって今更思っていたりなどしてる。
僕はファンタジー小説が好きだった。堀辰雄が好きだった。あの日の記憶が「駆動」する語りによって引っ張り出される。ちょっと涙腺が緩くなったりする。なぜだろう。忙しさで見えなくなった過去が、前を向くために見ようとしなかった過去が、僕のもとに帰ってきてくれた気がしたからかもしれない。
美味いワインとパン屋
朝から美味い白ワインを飲む。オーストラリア産らしい。まだ土地特有の味がわかるほどでもないけれど、これは美味しいと思った。ミリトンパークというものだ。オレンジ風味が微炭酸で口に広がる。お酒をあまり飲まないひとでもこれはいいと思う。
8時過ぎになってから歩いて10分くらいのところにあるパン屋にてくてく歩いて行った。パンは4つ買った。1個は寝ている親友に向けて。ここのパン屋さんは外はカリっとしていて中はモチっとしているタイプのパンで美味しかった。一番人気は
クリームパンらしい。ヌクムクというパン屋さんだ。サイトがあったので貼っておく。カフェもあるんだね。今度利用してみよ~
コーヒーを作って、皿を洗って、BADON2巻を読み終わって、しばらく黄昏てこの文章を書いている。今日も幸せだ。
2022/7/28
コロナの症状もだいぶ収まってきた。
ちょうど夏休みに入ってたんだけど、入ったとたんにコロナになったからモチベーションがドーンと失われてしまった。まあいいんだけど。でも、一か月もない夏休みの大切な大切な一週間を…
気を取り直す。
無理だわ。
今、若松英輔の『君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた』を読んでいる。この間、双子のライオン堂さんにお邪魔したときに購入したものだ。購入した本はすぐに読みたくなる。いつもはぐっと堪えるところだが、若松英輔はここ二年くらい読もう読もうと心に決めていた作家だったから全く止められなかった。読みっぱの本は5冊ある…
まだ読んでいる途中なんだけど、印象深い文章を引いてみよう。
詩歌は、亡くなった人を悼む挽歌に始まったという人がいます。耐えがたい悲
しみのあまりに発した呻きが詩の母だと言うのです。
歌人たちは、古く万葉の時代から、「かなし」にさまざまな文字を当てました。 「悲し」「哀し」そして「愛し」、また「美し」も「かなし」と読みました。
これらは別々な感情ではありません。かなしみのあるところにはもともと、さ まざまな気持ちが折り重なっていることを、古人は繊細に感じ分けていたのです。 悲しいのは、喪った者を愛しく思うからで、また、こうした出来事のなかで感 じられる心情こそが美しいことを、昔の人は知っていたように思われます。
若松さんは相手を自分を照らしてくれる太陽だというけれど、僕にとっては貴方が太陽ですと言いたくなってしまうくらいに暖かく、でも悲しく美しい文章に魅了されます。ぜひ、読んでみてほしいです。
2022/7/22
夕方から夜にかけて眠っていたから、夜の深くまで起きている。というかもう朝だ。この時間に入るお風呂はどの時間に入るお風呂ともどこか違っていて、本当に身体が洗われるような心地がする。
昔語りばかりする人について考えていた。
話をするときに武勇伝とか昔辛かったんだよねとか勝手に愉悦や感傷に浸る人間がこの世には5万といるが、どの人ももれなく気味が悪い。なぜだろう。
理由はともかく「今」を生きる人間というのはモテるというか魅力があるなってことを考えたんだけど、これは昔語りする人間の気色悪さの対極にある。だから、この対極にある魅力ある人間について考えていけばいいのかもね。
お風呂気持ちよかったからおしまい。